10のアヴァターラを持つヴィシュヌ
三神一体のなかで、シヴァと双璧の力を誇る強大な神がヴィシュヌだ。その名は太陽の光と輝きを神格化したもので、サンスクリット語の「あまねく世界に広がる」という言葉が語源になっているという。もともと起源の古い神で、聖典「ヴエー夕」には、ウィシュヌは天、空、地をわずか3歩で歩く神として記録されている。
なお、ウィシュヌ派の神話によると、宇国ができる前の混沌の時代、ヴィシュヌは竜王をベッドとして眠っており、彼のへそに咲いた蓮の花からブラフマーが、そのブラフマーの額からシヴァが生まれたという。
日ごろはメール山に妻のラクシュミーとともに住むとされるヴィシュヌは、しばしば青黒い肌、
4本の腕をもつ美青年として描かれる。そして、
右上手にウィシュヌの象徴であるチャクラ(円盤)、右下手に力ウモーダキー(棍棒)、左上手にパンチャジャナ(法螺貝)、左下手に蓮の花を持っている。
愛用の乗り物は、太陽の鳥といわれる聖鳥ガルーダだ。
彼はまた、温厚かつ公正であり、慈悲深く、信じる者には必ず恩恵を与えるとされる。同時に、この世が危機に陥ったときにはさまざまなものに変化して、善が常に悪 に勝つように、そして全世界を維持し、修復する ために働くのだ。
このヴィシュヌの本質が変化した姿 - 化身は 「アヴァターラ」と呼ばれ、10種類ある。
ブラフマーが創造し、ウィシュヌが維持し、シヴァが破壊するとされるヒンドゥー教の世界で、アヴァターラとは何だったのか? おそらく、いずれももとは古くからの各種族の神々であり、ウィシュヌはそれらに対する信仰を取り込んで成長した、l種の複合神だったのだろう。以下、10種のアヴァターラだ。
①マツヤ ②クールマ ③ヴアラーハ/あるとき大地が、魔神の力で水底に引きずり込まれた。神々はヴィシュヌに助けを求め、それに応じた彼は巨大猪ヴァラーハヘと化身した。無敵の強さを誇るヴァラーハは水中に飛び込み、戦いの末に魔神を棍棒で打ち殺した。そして、牙で大地を支えながら、水中から引き上げたという。
④ナラシンハ/ヴァラーハに退治された魔神には兄弟がいた。彼はウィシュヌヘの復讐を誓い、苦行を重ねた。ブラフマーはそんな魔神に、人間にも獣にも殺されない不死身の体を与えた。
ところが、自分の恵子がヴィシュヌの信者と知り、魔神は激怒した。そして自らの手で恵子を殺そうとしたところ、獅子の頭に体が人間というナラシンハが出現。魔神を食い殺した。人間にも獣にも殺されない魔神のために、ヴィシュヌはそのどちらでもない姿に化身したのだ。
⑤ヴァーマナ/魔王バリが三界を制圧したことがあった。バラモン (祭祀階級) の少年僧に化身したヴィシュヌがバリの宮殿に赴くと、バリはその実しさを賛美し、何でも願いをかなえようといった。少年僧は「3歩で歩ける距離の土地をくださ
い」と答える。バリが承諾するのを聞くや、彼は
突如、巨大化して本来の姿に戻り、3歩で天、空、地を歩いて三界を奪還したのである。ちなみに、ヴァーマナとは「矯人」すなわち身長の低い人という意味。
⑥パラシュラーマ/この名は「斧を持つラーマ」の意味で、7番目のアヴァターラのラーマとは別のもの。かつてクシャトリア (王侯・武士階級)が勢力を伸ばし、政治世界を制圧したことがあった。ヴイシュヌは神々とバラモン、民衆を守るために、聖仙ブリグ族のひとりとして出生。シヴァから斧を授けられた彼は、やがてその達人となった。そして、クシャトリアに殺された父の仇を討ち、彼らを全滅させて、バラモンの地位を回復したのである。
⑦ラーマ/あるとき、悪魔ラーヴァナが力を得て、神々を苦しめた。そこでウィシュヌが人間の姿に化身して、ラーヴァナと戦うことになった。叙事詩『ラーマーヤナ』 は、ラーマ王子として生まれたヴィシュヌが、悪魔に誘拐された妻を奪還すべく、奮闘する物語だ。なお、ラーマの妻シーターはウィシュヌの妻ラクシュミーの化身とされ、ラーヴァナとの戦いでラーマに協力する彼の3人の異母兄弟も、ウィシュヌの化身である。
⑧クリシュナ/クリシュナとは「黒い神」の意。
名前のとおり青黒い肌をもつ男性として描かれることが多い。ヴィシュヌのアヴァターラの中で、最も民衆に愛されている英雄である。彼は実在した可能性が高く、死後に神格化されたらしい。
神話によると、クリシュナは悪王カンサを滅ぼすために、ヴィシュヌの化身としてこの世に生まれた。幼児のころから多くの奇跡を現出し、長じて後はその実貌ゆえにいくつもの恋愛講の主人公となるなど、彼に関する話は多い。
⑨ブッダ/仏教の創始者ブツダは民衆に悪の道を説いた存在とされ、正しい道に気づかせるための、いわば反面教師的なアヴァターラ。神々が魔神たちと戦って負け、世が乱れた。ヴィシュヌはシッダールタ太子(後のブツダ)として生まれ、人々に知悪や祭祀、階級制度を捨てさせるなどの悪の道を説いた。そのため魔神たちはブツダに帰依し、最下層の人々とも一緒に暮らすようになった。
こうして誤った考えをもった彼らは、地獄がふさわしい存在となったのだ。
⑩カルキ/悪徳と蛮行がはびこる「カリ・ユガ」と呼ばれる時代。この最悪の時代にヴィシュヌは力ルキに化身して出現する。現世から悪魔や魔神たちを駆逐して、正しい知恵と信仰を取り戻すためだ。カルキは白馬に乗った英雄、または白い馬頭の巨人で表されることが多い。なお、⑨のブツダの時代がこのカリ・ユガに相当するという「プラナー」の記述もあり、それによると、ブツダに帰依した魔神たちを滅ぼしたのは、カルキだという。