白鳥になった海神の子どもたち
前述のように、かつてターナ神族はアイルランドを統治していた。しかしミレー族に敗れ、地下世界へと追いやられてしまった。この世界で新たな王国を築き、新たな生活を営みはじめた一族は、タグザの次の王に彼の息子である戦いの神ボォヴを選んだ。ボォヴは徳の高い人格者として知られ、まさしく適任であった。
だが、海の神リルはこの決定に不満だった。自分こそが次の王に選出されると思っていたのである。思いどおりにならなかったことに腹を立て、リルは自らの宮殿に引きこもってしまった。彼のこの自分勝手な行動に他の神々は奴心った。そして彼を罰するために、その宮殿を焼き払ったのである。しかし、この攻撃はリルの妻の焼死という悲
劇を生んでしまった。
悲嘆にくれ、ますます引きこもるようになったリルを心配し、和解のためにボォヴは自分の3人の娘のうち、長女のイーヴをリルに嫁がせた。この結婚で、ふたりは男女2組の双子という4人の子どもをもうけたのである。
だがイーヴは2組目の双子を生んだときのお産が重く、この世を去ってしまった。そこでリルは、同じくボォヴの娘でイームリの妹イーファと再婚した。ところが彼女は、夫が先妻の残した子どもたちを愛していることに嫉妬し、ドルイドの杖で4人を白鳥に変えてしまったのだ。
それだけではない。イーファは4人が白鳥の姿のまま、3か所の海や湖でそれぞれ300年を過こさなければならないという呪いまでかけたのである。呪いは900年後、北の王子と南の王女が結婚するときとけるのだが、4人はそれまでの問、人間の姿に戻ることはできないのだった。
怒ったボォヴは娘を「空気の悪魔」に変えて罰を与えたが、ドルイドの呪いはターナ神族にはとくことはできなかった。そしてこの日以降、リルが愛しい子どもたちと会うことは、二度となかったのだ。
哀れな子どもたちはアイルランドの海や湖を300年ごとに移動し、その日の来るのを待った。
時は流れ、ドルイドの呪いがとける日がやってきた。北の王子と南の王女が結婚することになったのである。だが、やっとの思いで人間の姿に戻れた4人を、新たな悲劇が襲った。なんと一気に900年分も年老いてしまったのだ。当然、腰の曲がった白髪の老人となった彼らの体は、それだけの年月の重みに耐えることはできず、あっという間に死んでしまったのである。
悲しい運命に翻弄された子どもたちは、キリスト教の司祭によって、ひとつの墓に一緒に埋葬されたという。