パルドルの死
パルドルはオーディンと妻フリックの間に生まれた、美しく賢く優しい若者だった。万人に愛された彼が行くところは、すべて喜びと光が溢れていたのである。
だが彼は、夜ごと自分の命が危機にさらされる悪夢を見るようになる。これを心配した母は、世界中のすべてのものに、恵子を傷つけないように頼んだ。鳥や獣などの生物はもちろん、火や水や病気など命のないものにさえ頼んだのである。
彼らもこれに応えて誓った。
「決してパルドル様には危害を与えません」
こうして彼は、あらゆる危険から免れる体になったのだ。
あるとき神々は、そんなパルドルにさまざまなものを投げるという遊びに興じていた。誓いのおかげで、槍を投げても矢を射ても彼には刺さらない。これを見て、悪だくみにたけたロキは、なんとか彼を傷つける方法はないかと考えた。
そこで老婆に姿を変え、フリックを訪ねて探りを入れたのだ。ロキは尋ねた。
「不思議なことに、何をぶつけてもパルドル様には当たらないのですよ。なぜでしょうね?」「当然ですよ、世界中のものが恵子を傷つけないと誓ったのですから。ただ、ヤドリギだけはまだ幼すぎて、誓いを立てさせるのは無理でしたけどね・…⊥ 耳寄りの情報を聞いたロキは、さっそく小さなヤドリギを抜くと先を尖らせ、パルドルの兄弟で、盲目のために遊びの輪から外れていたへズルに近づいた。
「なぜ、きみは投げないんだい?」
「目が見えないし、武器も持ってないもの」
「なんだ、それならこの棒を使えばいい」
へズルはロキに騙され、彼が指示する方向にヤドリギを投げた。棒は一直線に飛んでパルドルの胸を貫き、その命を奪った。
嘆き悲しんだフリックは、だれか冥府からパルドルを連れ帰ってほしいと願った。これに応えたのが、剛勇ヘルモッドであった。彼は冥府へ向かい、女王ヘルにパルドルを復活させるよう頼んだ。
ヘルは答えた。
「地上のだれもが彼の死 いたを悼んで泣いているというなら、生き返らせてやろう」 ヘルモッドがヘルの言葉を伝えると、神々は世界中に使いを出し、パルドルのために泣くように訴えた。すると、本当に全世界のあらゆる生物や無生物が泣き出したのである。
ところがただひとり、洞窟にいた老婆だけが泣かなかった。このためパルドルは、冥府にとどまることになったのだ。もちろん老婆の正体はロキで、このことから彼はやがて神々に捕らえられ、罰を受けることになるのである。