騎士を破滅させた美女デイアドラ
「災いと悲しみを招く者」という意味の名前をもつディアドラは、幼いときから美貌で知られた娘だった。アルスター王コンフォヴォルは、そんな彼女を成長したら花嫁にするつもりで、人目から隔離して育てた。そのためか、ディアドラは世間知らずで、恋に恋する夢見がちな娘となった。
あるとき、ディアドラは勇敢な青年ノイシュの噂を聞いた。ノイシュを自分の運命の相手だと思い込んだ彼女は、知り合いの手引きで彼と会い、ひと目惚れした。そして、自分と駆け落ちするように迫ったのである。
だが、王の騎士であるノイシュが、主君の思い人と駆け落ちなどできるはずもない。ところが、断られてもディアドラは引かない。彼女はノイシュの両耳を引っばってささやいた。
「私を連れて逃げないなら、この耳は(不名誉)と(物笑い)の印となるでしょうね」
不名誉は騎士にとって耐えがたい汚名である。
ディアドラが王に自分にとってマイナスになることを告げ口するのを恐れたノイシュは、しかたなく駆け落ちに応じた。ディアドラとノイシュ、彼のふたりの兄弟は故郷を離れ、海を渡ってスコットランドに逃げた。ノイシュにも彼女に対する愛情が生まれ、平和な生活が続いた。
あるとき、コンフォヴォルから知らせが届いた。
それは次のようなものだった。
「ふたりの関係を許すから、アルスターに戻ってくるように」
喜んだふたりは王の真意を疑うことなく故郷に帰り、コンフォヴォルの城に赴いた。ところが、実は王のはらわたは、ふたりに対する怒りで煮えくりかえっていたのだ。城に着いたとたん、ふたりは引き離され、ノイシュとその兄弟は、王の友人イーガンに殺されてしまったのである。
ディアドラは王のもとに連れていかれ、1年間を彼のもとで過ごした。
あるとき、王は彼女に尋ねた。
「おまえのいちばん嫌いなものは何か?」
「あなたとイーガンです」
「それならそのイーガンにおまえをやろう」
こうしてディアドラは、恋人の仇に嫁がされることになった。だが、王とイーガンとともに婚礼場所に行くために馬車に乗せられたとき、彼女は思いがけない行動をとった。男たちの隙を見て、馬車から身を躍らせて飛びおり、岩に頭を打ちつけて自殺したのである。
自らの勝手な恋のために、名前どおりひとりの騎士に災いをもたらしたディアドラ。だが離れた場所に葬られたノイシュと彼女の墓からはイチイの木が生え、2本の木の枝葉はやがて絡みあって、
だれにも引き離せなくなったという。