魔狼フェンリルと魔法の鎖
「この狼の子は、ここで飼うことにしよう」
ロキと巨人の女との間に生まれた3人の子どもたちは、いずれも怪物だった。だが、長男の狼フェンリルは、オーディンのひとことでアスガルドで飼われることになった。普通の狼とさほど違いがないように見えたからだ。ほかのふたりはそうではなかった。海中に投げ込んだところ大蛇ヨルムンガンドとなった弟、地底深く投げ込んだところ冥界の女王ヘルとなった妹。
しかし狼は急速に巨大化し、貴から火まで噴くようになった。この凶暴な魔狼に餌をやる勇気があるのは軍神ティールだけだった。先々災いをもたらすとの予言もあったため、神々はフェンリルを拘束することにした。そして頑丈な鉄の鎖を作
ると、狼に力試しを持ちかけた。
「おまえならこんな鎖はすぐに切れるだろう」
「まあ、ためしに縛ってみるがいい」
フェンリルは体をひと振りしただけで、鎖をちぎった。そこで2倍の強さを持つ鎖で縛ったが、これも難なく引きちぎった。そこでオーディンは、ドワーフにグレイプニルという魔法の鎖を作らせた。材料は猫の足音、女の髭、岩の根、能…の腱、魚の息、鳥の唾液。鎖を作るのに使われたため、これらは以降、世界からなくなってしまったのである。
さて、神々は狼に魔法の鎖を示した。一見、絹紐にしか見えない代物だ。
「これは弱そうだが、かなり頑丈にできているのだよ。おまえに切れるかな? もし切れないような腰抜けなら、おまえは脅威でもなんでもない。
われわれの監視下から解放してやろう」
フェンリルは警戒した。どうも話が胡散臭い。
へたをすれば一生縛られたままだ。
「縛ってもいいが、約束を守るという保証に、だれかの腕をおれの口の中に入れてもらおう」 これを聞いて神々は尻込みした。だが、ティールのみが恐れることなく狼の口の中に右腕を差し込んだ。神々は素早く絹紐で狼を縛り上げる。フ
ェンリルは紐を切ろうと力を込めたが、どうしても切れない。なのに神々は解放してくれない。激怒した狼は、口中の腕を手首から噛みちぎった。そのようなわけで、ティールは片腕となったのだ。
フェンリルの捕縛に成功した神々は、絹紐を太い鎖に結び、その鎖を大きな岩に縛りつけ、岩を地中深く埋め、その上にさらに大きな岩を乗せた。それでもフェンリルは暴れ回ったので、上顎と下顎の間に剣を突き立てた。
こうしてフェンリルは、最終決戦の日までじっと縛られていたのである。