ハリティーが鬼子母神になったわけ
日本でも「鬼子母神」として知られている女神が、ハリティーである。もとは「ヤクシニー」という鬼女の一種で、鬼神王パーンチカの妻であった。なお、ヤクシニーは「夜叉」の語源である「ヤクシャ」の女性形。
ハリティーの神話とは、次のようなものである。
iハリティーとパーンチカの問には、500人(1000人、1万人という説も) もの子どもがいた。彼女は、このたくさんの子どもを養うために、人間の子どもをさらってきては餌として与え、なおかつ自分も食べていた。
あるとき、ヴィシュヌのアヴァクーラであるブッダは、嘆き悲しむ母親たちの声を聞いた。
「鬼神の妻のハリティーが、自分の子どもを育てるためだといって、私たちの子どもをさらって食べてしまうのです」 ブツダはこの声を聞いて胸を痛め、ハリティーを懲らしめることにした。そして、彼女が最もかわいがっている末の子をさらい、隠してしまったのである。愛しいわが子が姿を消したと知って、ハリティーは半狂乱になった。
「私のかわいい赤ちゃん、どこへ消えたの?」
鬼女の身では、もちろんブツダが隠したわが子を見つけることなどできない。日夜、泣き叫び、やつれ果てたハリティーは、ついにブツダに助けを求めた。彼女の前に姿を現したブツダは、次のようにさとした。
「おまえは500人もの子どもを持っているが、たったひとりいなくなっただけで、こんなにつらい思いをするのだ。ましてや、おまえに比べればごくわずか、ひとりかふたりの子どもしか持たない人間たちが、その子どもを失えば、どんなに悲
しみ、苦しむか‥‥。その気持ちがわかったか?」 こうして、ハリティーは人間の痛みを知り、自らの所業を悔いた。ハリティーは三帰・五戒(三宝すなわち仏法僧に帰依し、5つの戒めを守ること)を受けて仏弟子となり、ブツダはやがて彼女を鬼女から女神へと引き上げた。こうして彼女は安産と育児の女神、鬼子母神として信奉されるようになったのである。
そして人間の子どもの代わりに、子どもを守る力があるとされている果実である吉祥果(ザクロ)を食べるようになったのだ。ザクロは中に種子がびっしりと詰まっているため、繁栄の象徴ともされている。また、よく 「ザクロは人肉の味がする」 などといわれるが、この俗説は以上の神話に由来しているとされる。ちなみに、この話は古代の飢饉時に、実際に人肉を食べた女性の話をもとにしているという説もある。