夫の腹を踏む血と殺我の女神
力ーリーの名は「時間」と「黒」を意味する言葉カーラの女性形だ。悪神アスラたちの跋扈に怒って出現した女神だという。彼女はシヴァの妻のひとりだが、肌が黒く、痩身が特徴だ。
その姿は凄まじい。4本の腕を持つ上半身は常に裸で、髪を振り乱し、目を血走らせ、牙のある口を開けて舌を出し、生首を手に下げ、首にはドクロの環飾り。腰は切り取った手足で覆われている。この姿のとおり、カーリーは好戦的で血を好み、破壊や殺教を喜ぶ存在だ。
以下は、力ーリーにまつわる神話である。
- 悪神アスラと戦うために生まれたカーリーだが、彼女がいくら殺してもアスラの数は減らない。というのも、アスラは自らの流血から分身を作ることができるのだ。それを知った彼女は、敵が流す血はもちろん、その体内に残った血をも吸いつくして、戦いに決着をつけたのである。
ところが、勝利に酔ったカーリーが踊りはじめると、そのあまりの激しさに大地が粉々に砕けそうになった。これでは人間たちが危ないと感じた夫のシヴァは、カ-リーの足元に横たわった。
そして、自らの体を彼女に踏ませることで、大地への衝撃を弱めたのだった。現在でも、カ-リーがしばしばシヴァの腹の上で踊る姿で表されるのは、この出来事に由来している。
なお、シヴァの妻の中でも昼の顔がパールヴァティー、夜の顔がカーリーとされている。そして、シヴァも前者といるときは穏やかだが、後者といるときは世にも恐ろしい魔神のようになるのだ。
だが、そんなカーリーは、実はシヴァにとって重要なエネルギー源だった。彼女と交わることで、シヴァはそれを手に入れることができるのである。
そのためカーリーは、シャクティー(性力)とも呼ばれている。
ヒンドゥー教の神々の中で最も恐ろしく、かつ醜悪にもかかわらず、なぜかカ-リーは人気がある。とくにべンガル地方において、最も霊験のある神として崇拝されているのだ。
そして彼女を祀った寺院では、今なお祭儀のたびに、生け塾にされた動物たちの血が流されている。
ところで生け執員といえば、実はカーリー信仰の影には恐ろしい事実が隠されている。かつてタッグと呼ばれる暗殺集団がいた。彼らは500年以上にわたって、実に何百万人もの人々を殺した。そして、その死体をすべてカ-リーに捧げていたというのだ。タッグはイギリス統治時代に全滅させられたといわれるが、末裔が残っている可能性はゼロではないのだ。